大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山形地方裁判所 昭和33年(ワ)98号 判決 1958年10月22日

原告 横山幸生 外一名

被告 医療法人横山厚生会

主文

原告両名の訴を却下する。

訴訟費用は原告両名の連帯負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告医療法人横山厚生会の設立を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、昭和三十年一月二十日、被告代表者横山憲史、訴外横山幸枝、同太田重三、同島津茂兵エ、同横山千春、同大江広弥および原告両名らが設立者となつて医療法人横山厚生会(以下被告法人と略称する)の設立を企図したこととして、同三十二年一月二日、右定款を作成し、同年三月九日山形県知事の認可をえ、同月二十三日山形地方法務局において、右設立登記手続がなされた。

二、しかし、右設立には原告両名は全く関与しないところ、原告両名の父である右横山憲史が代理人として原告両名の意思に反してなされたものである。されば原告両名のための右横山憲史の代理行為は無権代理であつて原告等において之を追認しないから無効である。さて医療法人の設立にあたり、設立者の一人の設立行為が無効である場合には右設立が無効となるものというべきであるよつて右被告医療法人横山厚生会の設立は無効とする、との判決を求めるために本訴請求におよんだ次第である、と陳述した。

被告代表者は、原告両名の請求どおりの判決を求め、答弁として原告両名の主張事実は全部認める、と述べた。

理由

一、被告は、原告両名の請求どおりの判決を求めているので、同請求を認諾したものというべきであるが、現行法の類型上存在しない法律効果を対象としてなされた認諾は訴訟上効力を生じないものというべきであるから原告らの被告法人の設立の無効を求める形成権の主張が現行法上許されているか否かについて吟味してみなければならない。

二、団体等の設立行為にかしがある場合に、商事会社にあつては現行法上設立無効の訴について明記されているが(商法第百三十六条以下、第四百二十八条、有限会社法第七十五条一項)、医療法人についての医療法ないし公益法人一般についての民法等においては、右のような訴についての規定が存しない。

三、そこで何が故にかような差異が生ずるかの原因を考えてみる。商事会社においては、設立のかしとして社員の個人的事情に基くかし、いわゆる主観的かしと会社の設立自体が法定の内容および設立手続に違反することから生ずるかし、いわゆる客観的かしの二種類の存することが考えられる。そのうち合名会社は、いわゆる客観的並びに主観的(商法第百三十九条、第百四十二条参照)かしのいずれによつても設立全体が無効になるが、株式会社の場合にはいわゆる客観的かしによつてのみ設立全体が無効になる。すなわち合名会社にあつては、その実質は組合であつて社員相互の法律関係の処理を簡明にするために法人格を与えたにすぎない(商法第六十二条以下参照)のであるから、社員の個性が重視され、社員相互の緊密な信頼関係の上に立つているので、その一人について意思の欠缺等の無効事由があれば、設立全体が無効になるのである。これに反し、株式会社の場合社団性のあることは明かである(商法第百六十五条以下参照)。即ち社団においては通例構成員が多数であることを予定し又構成員の個人的事情は重視されないので、株式会社の設立の場合に、いわゆる主観的かしということもまた考慮されることがないのである。ところが、医療法人中(医療法人には社団のものと財団のものとがある)医療社団法人にあつては、その社団性は明かである(医療法第三十九条以下参照)。従つて、その設立にあつては、株式会社のそれの場合と同様に、いわゆる主観的かしは考慮されることはないのである。また医療財団法人にあつては、その設立行為は単独行為であるから二人以上の者が共同して右法人を設立しても、右設立のための単独行為が競合したにすぎない故、その一人のいわゆる主観的かしは設立全体を無効にするものではない。それ故医療法人設立においては、その社団的又は財団的の何れであつてもいわゆる主観的かしはこれが設立全体を無効ならしめるものではないと考えられる。さらに商事会社においては、会社設立のための法定の要件をみたすときは、当然に法人格を付与され、登記官吏は形式的に右法定要件を充足したか否かを審査するにすぎないのに反し医療法人にあつては更に都道府県知事において、法人設立のための形式的審査をなすはもちろん法人の資産が目的達成のために充分であるか、定款または寄付行為の内容が法令の規定に違反していないか等についての実質的審査をし、その上医療機関整備審議会の意見をもきいた上で設立を認可するという非常に厳重慎重な手続がとられる訳である。従つて簡易な手続に基いて設立される商事会社においては生ずる可能性のあるいわゆる客観的かしは医療法人の設立においては生ずる余地がないと考えられる。

以上のような次第で、現行法は医療法人設立無効の訴を認めなかつたというべきである。

四、従つて原告らの請求に対する被告の認諾は訴訟上有効なものとは認め難いから原告らの本訴は不適法にして却下を免れない。

よつて民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西口権四郎 藤本久 丸山喜左エ門)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例